フェムトセカンドレーザー白内障手術は必要か否か
IOL&RSという日本白内障屈折矯正手術学会(JSCRS)が編集、発行している学会誌があるのをご存知でしょうか。(Yesの回答したあなた!医療もしくは眼科の関係者ですね!)日本の白内障と屈折矯正手術分野では比較的と読まれているジャーナルです。
今回は第33巻第1号(2019年03月25日発行)でわたくし岡が執筆した内容をベースに患者様に向けて改変しました。内容はフェムトセカンドレーザー白内障についてです。企画は『白内障・屈折手術の論点「FLACSは必要か否か」』でした。私は日本白内障屈折矯正手術学会の理事も拝命(*2021年3月現在)しておりますので、事実と意見を分けながら、解説してまいります。
白内障の手術について情報収集されている方は是非目を通していただき、今後のご自身の治療に役立てていただけたらと思います。
FLACS(フェムトセカンドレーザー白内障手術)は
白内障手術医の努力義務!?
日本眼科医会の倫理綱領にこのような一文があります。
1)眼科医は国民の健康を守るために、生涯にわたり最新の知識と技術の習得に努力し、その成果を日常の診療に活かすように努める
これを拝読する度に、眼科医たるものを端的に指南いただけている素晴らしい一文だと感心いたしております。
もちろん、最新だからといって必ずしも良いとは限りませんし、そこまで短絡的でもありません。実際に多くの手技や機器、医薬品が淘汰され消え去っているのも事実です。
では、現代の最新手術手技であるフェムトセカンドレーザーによる白内障手術(Femtosecond Laser Assisted Cataract Surgery:FLACS)はどうなのでしょうか。超音波水晶体乳化吸引術のように必要不可欠な技術として大いに発展するのか、無用の長物として消え去る運命なのか。
今回「FLACS推進派」と言うより「FLACS実践派」としての私見を述べさせていただきます。
超音波水晶体乳化吸引術 vs フェムトセカンドレーザー白内障手術
白内障手術の歴史を振り返れば、20数年前にも「ECCE vs PEA(超音波水晶体乳化吸引術)」とのお題目で、同じようなディスカッションがあったことが容易に推測されます。
初期には「眼内破壊装置」とまで言われることもあったという「超音波水晶体乳化吸引術」が、様々な手術手技の開発や器具改良、また適切な手術教育等の結果、現在の主流手術となったことは周知の通りです。
フェムトセカンドレーザー白内障手術も同じように、適した手術手技や器具の開発で、その優位性が際立ってくると思います。むしろ、その進歩は超音波水晶体乳化吸引術より早いかもしれません。
私がそう見立てる根拠は、以下の通りです。
・フェムトセカンドレーザー自体は完成された技術で、すでに角膜移植やレーシックなど眼科での使用実績が十分ある。
・デジタル化された手術情報が共有可能で、他施設との比較検討および移行が可能である。
・ネットワーク型機器の登場で様々な機能が追加が可能になった。
・手術のオートメーション化・ロボット化は時代の要求でもある。
などがあげられます。
もはや完成の領域に達している超音波水晶体乳化吸引術もその黎明期には、その技術の拡散にはそれなりの時間を要したと考えられますが、フェムトセカンドレーザー白内障の世界ではどうでしょうか。
まずこのフェムトセカンドレーザー白内障という名前、ご存じの通り「フェムトセンカンドレーザーで各種切開を行った水晶体再建術」の事です。つまり従来の手技と「切開」が明確に異なる、という事になります。切開には角膜切開、水晶体前嚢切開、水晶体核分割切開、角膜減張切開が含まれ、症例の特徴や術者の手技によって様々な設定が可能です。
現在、FLACS実践・推進の眼科医の間で、各施設の使用経験に基づくノウハウ、実際の照射パターンや設定値まで、ほとんどその全てを共有できる体制構築を積極的に行っており、すぐにでも優秀な手術成績を持つ施設と同じ設定で手術を開始することも可能です。
核硬度(白内障の進行度に比例する核の硬さ)ですが、フェムトセカンドレーザーで極小核分割(1000~2000個に水晶体核を分割)を行うと核硬度が1.5程度下がるとイメージしていただくと分かりやすいと思います。つまりgrade-3から4程度の水晶体核だと、極小核分割することでgrade-2になる感じです。
また、従来では秘密事項になりがちな重要な手術用データを、再現性高く即座に共有実行できます。
これは「手術のデジタル化」かもたらす大きなメリットの1つです。
データをもらって入力すれば、同じ手術ができるわけです。手術の名人なんてもう必要ありません!なんて事は安易にはありませんが、少なくとも通常症例に関しては「誰でも名人級」の切開ができるのがFLACSの良いところです。もちろん鬼に金棒なのが、超音波水晶体乳化吸引術の達人でありながらフェムトセカンドレーザーも使いこなす諸先輩方である事は言うまでもありません。
サージャン目線で表現しますと以下のような願望を叶えてくれるのがフェムトセカンドレーザー白内障手術です。
・すでに角膜切開と前嚢切開(以下:CCCと表現)と核分割が終わっている状態から白内障手術をできる
・CCCと核分割まで終わった状態で白内障手術を回してくれる
・CCCは正円で意図した位置に完璧に作成されている
・核は2,000分割以上に細かくされている
・超音波発振量激減で患者さんの角膜内皮細胞に優しい
もちろんポジティブなことだけではありません。素敵なことをリストアップしたフェムトセカンドレーザー白内障も、弱点はあります。
FLACSの弱点
美しい薔薇には棘があるように、フェムトセカンドレーザー白内障にも弱点があります。
それは導入当初には分からなかったものが、症例を積み重ねて会得してきたこと、思いもよらなかった意外な事など様々です。
Alcon社「LenSx」(医療機器承認番号:22600BZX00350000)とJ&J社「Catalys」(医療機器承認番号:22700BZX00201000)を用いて、2,800症例以上(*IOL&RSの執筆時。2021.3には4,500症例以上)のフェムトセカンドレーザー白内障を執刀した経験をふまえて、FLACSの弱点も列挙していきたいと思います。
自動化ができているのは、白内障手術の中の「切開」ですので、当然ながらそれ以外は今までと同じく人の手で行います。それどころか、フェムトセカンドレーザー機器に患者の目をドッキングさせ、レーザー照射の設定をして安全に照射する分の手間は増えます。実際に適応外としてよくあるのが、散瞳が悪い、水晶体核が固すぎる、角膜形状が平坦または急峻過ぎてドッキングできない、瞼裂幅(まぶたの幅)が狭くて機械が入らないなどです。
この中でも最も対応に苦慮するのが散瞳不良例(瞳孔が大きくならないこと)です。瞳孔が開いている範囲しかレーザーを照射できませんので、前嚢切開径は小さくなり、核分割も不十分になります。フェムトセカンドレーザーで白内障手術を行う意義自体がが薄れてきます。
フェムトセカンドレーザー照射前に虹彩切開や虹彩拡張リング挿入と呼ばれる手技を行えば照射自体は可能ですが、とても大変な作業になりますし、感染の心配も出てきます。また、散瞳径が確保できても瞳孔形状が不正だとその最小半径しか照射ができないので、おのずとレーザー照射範囲が小さくなります。
私たちは術前散瞳径5mm以上ならそのままフェムトセカンドレーザーの白内障を行います。5mm以下の場合は、基本的には行いません。しかしどうしても必要な場合には、レーザー照射前に粘弾性物質を注入したり、瞳孔縁に虹彩小切開を多数行って6mm程度の散瞳径を確保するようにしています。
次に核の硬度についてですが、フェムトセカンドレーザーの適応は核硬度grade-4までとされています。白内障が進行し、核が硬くなればフェムトセカンドレーザーが透過せず、レーザーの効果を及ぼすことができません。しかし、前嚢切開は問題なく切開できるのでそれだけでも助かります。
そして、角膜形状や結膜なども事前チェックが必要です。特に角膜が極端に平坦または急峻な症例と結膜弛緩症例(結膜が緩いこと)が思った以上の難敵となります。
角膜形状が標準でないと患者さんと機械をくっつけるドッキングが上手くいきませんし、何度もやり直しが必要になります。現在では、特殊な角膜曲率対応の患者用インターフェイスもあるので、ドッキングできないことは無くなりましたが、時間がかかることがあります。
結膜が緩い症例については、白内障手術は基本的に高齢者に行いますから、頻度高く出会います。一度ドッキングに失敗すると更に結膜は弛緩してしまい、繰り返してドッキングすることはより難しくなるので、絶対に1回のドッキングでレーザー照射まで進める心意気と細心の注意を持って望んでいます。
もう一つ、瞼裂狭小例(まぶたが小さい症例)も注意すべきです。患者さんに装着する機器も小型化が進んでいますが、それでも挿入に苦労する方がいます。この小瞼裂と結膜弛緩症の対策としてFLACS専用開瞼器を全例で使用しています。私が設計いたしました。フェムトセカンドレーザーの症例には全国で用いていただいているようで開発発案者として嬉しい限りです。
手術の効率や清潔管理についても、フェムトセカンドレーザー術者と白内障術者を分けることで効率は最大化できます。しかしながらトータル手術時間については、若干伸びるでしょう。
最大の弱点は、、、
ズバリ、経済合理性です。
導入費用、機器を安定稼働させるための年間保守、空調代、場合によっては施設改修費もかかるでしょう。1例当たりのディスポーザブル(単回使用)の患者さん用インターフェイスも必要です。フェムトセカンドレーザーの1例当たりの必要経費が数十万円程度とも言われています。
いくら優れた技術であっても、導入され多くの患者さんに治療として届けられるように稼働しないとどうにもなりません。徐々にフェムトセカンドレーザー設置施設が増えてはいますが、この経済的な問題が普及を大きく妨げているのは間違いありません。
実物をみるとよく分かるのですが、フェムトセカンドレーザーのマシーンはハードウエアもソフトウエアも現代の光学技術を詰め込んだハイテク機器です。フェムトセカンドレーザーに前眼部OCTまで搭載されているわけですから、ある程度高額なのは仕方ないと考えています。
となると、やはり保険収載されていないことが最大のネックになりますので、今後フェムトセカンドレーザーの有用性が広く認められるように、力を合わせて取り組む必要があると考えております。
ゼロからミニマムフェイコへ
あらかじめフェムトセカンドレーザーで1,000~2,000に核分割を行い白内障手術を行うと、おおむね3割くらいの症例で全く超音波を使わずに手術を終える事が出来ます。すなわち手術中に目の中で超音波を用いないので患者さんの目に優しい手術なのです。
専門的になりますが、超音波発振ゼロですので「ゼロフェイコ」と呼んでいます。これでも十分な超音波発振量の削減効果がありますが、核を細かく分割された状態に超音波の設定を最適化させることによって、更に目に優しい手術が可能になります。それが「ミニマムフェイコ」です。
自験例としても、1例当たりの平均CDE値(累積使用エネルギー値)は0.135で、ゼロフェイコ率は61%でした。文献上での通常PEAの平均CDE値が3.84~7.77ですから、桁違いに超音波削減が達成されていることが分かります。
今後の白内障手術の進化のために
ここまでフェムトセカンドレーザーによる白内障手術のことを包み隠さず、学術ジャーナルに投稿済みの内容をベースに解説しました。今のところ、白内障手術を行うのに必ずしもフェムトセカンドレーザーが必要というわけではありません。もっと言ってしまえば、フェムトセカンドレーザー自体がこれから技術的に進化し発展していく途上の技術ですので、わざわざ先陣を切って色々と苦労する必要もないかも知れません。
コスト面から多焦点眼内レンズなどの「プレミアムな手術」に使われるものと思われがちですが、本当は難症例にこそ有用で必要な技術です。チン小帯断裂症例や過熟白内障、角膜内皮減少症例などの難症例に対応できる、より難しい症例で安全と再現性が求められる手術にこそフェムトセカンドレーザーが必要であると私は理解しています。
白内障は80代までにほとんどの方が罹患します。手術は一度きり。あなたはあなたの目とこれからも一生付き合っていきます。今回は少々専門的な箇所がありますが、なるべくフラットな目線を残しながら解説いたしました。医療法人先進会はいつでも患者さんに対してフェアでありたいと考えていますので、わからないことや些細なことがありましたらご相談ください。
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日本眼科学会認定眼科専門医
日本白内障屈折矯正手術学会 理事
先進会眼科 理事長
略歴
聖マリア病院 眼科 外来医長
福岡大学筑紫病院 眼科
村上華林堂病院 眼科
福岡大学病院 救急救命センター
福岡大学病院 眼科
愛知医科大学卒業
福岡県立嘉穂高校卒業
医師資格番号
医師免許番号 381664
保険医登録番号 福医29357